福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)1868号 判決
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〔判決理由〕二、本件争議行為の正当性
(一) まず、<証拠>によれば、組合(西労)が本件争議行為に至つた経緯として、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
公明党の日刊機関紙である公明新聞の賃刷りは、従来同じ福岡市所在の夕刊フクニチ新聞社が行なつていたが、昭和四三年八月初頃、その契約が終了するのを機に、公明党は右賃刷りを会社に依頼してきた。会社は、従業員のベースアップ、ボーナスの財源確保のために右依頼に応ずることとし、同月一四日、組合(西労)およびこれと並存する全西日本新聞労働組合(以下全西労という)に対し、それぞれ個別に、公明新聞賃刷り受注の意向を表明すると同時に、大略左記のことを説明し、同年九月一日から賃刷りを実施すべく(作業開始は八月三一日)その協力方を要請した。
(イ) 公明新聞は公明党の発行する日刊機関紙である。
(ロ) 受注により印刷する部数は五万六、四〇〇部(八ページ建、一版制)であるが、これを毎日東京から一六時一〇分板付着日航便で空輸されるいわゆる送り紙型により、およそ一七時三〇分から一九時までの間に、鉛版以降の作業工程をたどつて印刷のうえ、発送する。
(ハ) 基本的には現有人員で右作業を行ない、賃刷りのための増員ということはしない。
(ニ) 賃刷りによる収益としては年間約一、〇〇〇万円が見込まれるが、賃刷り作業に対する反対給付はなさず、右収益はベースアップ、ボーナスとして全従業員に還元する。
そこで組合(西労)は、右説明に基き会社の要請を検討した結果、以下の理由で賃刷り受注反対の基本的態度を決め、これを一つの要求として会社と団体交渉を行なうことにより要求の実現を図ることとした。
(1) 賃刷りの実施は、西労所属組合員の労働条件に重大な変更をもたらし、現在においても過重労働であるのが、さらに強化されることとなり、組合員の健康阻害につながる。
(2) 公明党機関紙の賃刷りは、一党一派に偏した新聞の賃刷りであつて、会社が本来の事業として発行する「西日本新聞」の紙面、発行部数等に悪影響を及ぼし、労働者として思想的にも、宗教的にも許しがたい。
(3) 賃刷り受注は、労働者を犠牲にする合理化の一環として行なわれるものであり、労働者としてはかかる合理化に反対である。
(4) 賃刷り受注は、もうけのためにはなんでもやるという会社の方針に沿つて行なわれるもので、右同様反対である
(5) 賃刷り受注は、前記夕刊フクニチの従業員の賃下げ、人員整理等を招くおそれがあり、同じ新聞労連の傘下にある労働組合の労働者として、これに加担することはできない。
かくて、組合(西労)は八月二二日(第一回)と同月二八日(第二回)、会社との間に団体交渉を持つた。しかしその席上、組合が前記の五点にわたる反対理由(もつとも(4)の理由は席上で撤回した)を掲げて賃刷り反対の態度を表明したのに対し、会社は、賃刷りの九月一日実施(八月三一日作業開始)は既定の方針であり、これを受けいれることが団交の前提であるとの態度で臨み、賃刷り受注を機に印刷部鉛版課一名、印刷課三名、発送部五名の臨時雇を新規に採用する予定であることのほかは、賃刷り実施に伴う従業員の具体的作業態勢について、八月一四日の説明会の域を越えて説明することはなく、結局、両者の団交は平行線のうちに終つた。
他方、会社は、西労と同様団交を持つていた全西労が八月二六日会社の賃刷り受注を了解したこともあつて、同月二八日、公明党に賃刷り受諾を正式に回答するとともに、印刷発送の各職場の従業員に対し、後記認定の賃刷り実施に伴う作業態勢の周知徹底を図るなど、九月一日実施をめざして着々準備を進めた。
そこで組合は、もはや賃刷りの九月一日実施は必至であると判断し、賃刷り反対のたのめストライキについて全員投票の結果、八月三一日、賛成者多数でストライキ権を確立し、前記の本件争議行為に突入した。
(二) 次に<証拠>を綜合すると、印刷部、発送部配置従業員の手持ち時間、公明新聞賃刷り受注に伴う作業態勢等について、被告主張(一)の1および3の事実が認められ(但し各課別、各勤務別従業員数および公明新聞賃刷りのための所要時間はいずれもおおよそである。また、日曜日の賃刷り作業については、発送部計数課では、従前九時三〇分から一七時三〇分までの勤務についていた(イ)勤務者をして、その勤務割りを(イ)勤務から一一時から一九時までの勤務である(ロ)勤務に変更したうえ、常時三〇分間の残業による時間外勤務を命じ、一八時三〇分以降において右賃刷り作業にあてることとされた)、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして右事実に鑑みれば、特に本件賃刷りは従来になかつた業務の新設であつて、たとえそれが拘束時間内に、しかも手待ち時間を利用して行なわれるはずのものとはいえ、公明新聞の賃刷りはその作業に従事する従業員の労働の質、量、密度等に影響を及ぼし、労働の強化にも連なることは明白である。まして、会社の賃刷り計画のように、従業員の従前の勤務割りを変更したうえ、時間外勤務を命じたり(印刷部印刷課(ヘ)勤務者と日曜日における発送部計数課(イ)勤務者の場合)作業工程を変更したり(発送部計数課(ハ)勤務者の場合)するものであつてみればなおさらである。
もつとも、前掲各証拠によれば、会社は前示のように作業ローテーションを組んでいた関係上、被告もその主張(一)の5で弁ずるごとく、印刷部紙型課所属の従業員が(ロ)勤務にあたるのは一ケ月のうち八ないし一〇回、同鉛版課所属の従業員が(ロ)勤務にあたるのは一ケ月に八回位、同印刷課所属の従業員が(ヘ)勤務にあたるるは一ケ月に、一、二回、発送部計数課所属の従業員が(ハ)勤務にあたるのは一ケ月に約三回であつて、一人の従業員が実際に従事することを予定された賃刷りの作業は延べ時間にして一ク月の所定労働時間一七五時間のうちのごくわずかにすぎないこと、しかも印刷部鉛版課において一名、印刷課において三名、発送部計数課において五名の臨時雇が新規採用となれば、従業員個々人の作業量は、夜勤回数をも含めて全体的に若干緩和されるであろうことが認められる。しかし他方<証拠>によれば、数年来会社においては、その発行する新聞のページ数が増えたのに比して従業員数は増加しなかつたこともあつて、従業員にとつて負担が重い夜勤の回数はかなり多く、従業員の増加を図る等により夜勤回数を滅らすことは労使間の多年の懸案であつたことが窺え、前記の事実は先にした公明新聞賃刷りが従業員の労働の質、量、密度等に影響を及ぼすとの判断を左右するほどのものではない。
従つて、組合は、前認定によれば、賃刷り実施に伴う具体的作業態勢については会社から説明を受けなかつたわけであるが、説明を受けたと否とにかかわらず、組合が賃刷り反対の理由として掲げる(1)ないし(3)および(5)の理由中、(1)はまさに組合員の労働条件の維持、ひいては経済的地位向上に焦点を合わせたものといえる。また(2)については、新聞報道事業を営む会社としては不偏不党の立場から真実の報道を行なうことはその生命ともいうべきであるとの前提に立てば(右前提の当否はさておき)、会社が如何なる立場から新聞を製作し、報道を行なうかは新聞製作に従事する労働者にとつて広い意味で一の待遇上の利益にほかならず、組合が公明新聞賃刷り反対の理由として(2)を掲げたのは右の点からであつてその意味ではこれも組合員の労働条件ないし待遇の維持、向上を志向したものというべきである。
(三) しかして、<証拠>によれば、組合は前記第一回団交の冒頭、会社に対し「公明新聞の件については、検討の結果断固反対するこれについては条件をつけて話し合うことは一切しない」旨の態度を表明し、第二回団交においても右の態度を維持したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
けれども他方、前認定の事実並びに<証拠>によると、第一回団交のさい、組合は会社に対し、賃刷り実施に伴い従業員の具体的作業態勢がどのように変更されるのか説明を求めたが、会社は、現場の職制に検討させている途中であると回答し、その後第二回団交においても、臨時雇の新規採用の意向を表明したほかは、具体的作業態勢については職場の長と交渉するよう補足したのみで、それ以上の説明をしなかつたことが窺われる。そしてこれらの事実および証拠に徴すれば、組合としても賃刷り受注反対(九月一日段階では賃刷り受注撤回)の態度を一応堅持してはいたが、あくまでそれのみに固執しようとしたわけではなく、団交や争議の課程において合理的な線で妥結する意図があつたことも十分推測できる。そのうえ従前の手持ち時間や勤務割り等の労働条件を維持しようとする組合の要求、換言すれば、公明新聞賃刷り受注反対ないし受注撤回の要求が、会社の昭和四三年八、九月当時の状況からみて、客観的に実現不能であつたとも思われないし、またその点の立証もない。
(四) 以上(一)ないし(三)で認定、判断したところに基き考えれば、前記、(1)、(2)の理由のもとに賃刷り受注反対(撤回)を目的として行なわれた本件争議行為は、組合の掲げた他の理由の検討をまつまでもなく、その目的において正当であつたというべきである。
この点被告は、組合が賃刷り受注に反対したのは専ら(2)の理由のためであり、その他の理由はつけたりにすぎない趣旨のことを主張するが、本件全証拠によつても右主張に沿う事実を認めることはできない。もつとも、前掲乙八、九号証には、組合の執行委員長であつた原告郡島恒昭が特定の宗教的立場から公明新聞賃刷り受注に偏見ないし反感を懐いていた旨の記載部分があるけれども、この部分を信用するか否かはともかく、右事実によつてもまだ被告主張を証するに足りない。
さらに被告は、手持ち時間や勤務割り(出退勤時間)は労働契約の内容をなしていず、会社が従業員の手持ち時間を削減し、或いは勤務割りを変更することはいわば業務命令権の範囲に属し、従業員の同意を要するものではない旨主張する。なるほど、<証拠>を併わせ考えると、会社従業員はその労働力の使用を、就業規則の定めるところに従い、包括的に会社に委ねたものと推測できるのであつて、この原則の例外として、印刷部、発送部所属の従業員が会社との雇用契約上、その手持ち時間や勤務割りについて、これを削減したり変更したりしない等の特段の合意をなしたと窺わせるに足る証拠もないから会社が、就業規則の定めるところに従い、従業員の手持ち時間や勤務割りを削減、変更する権限を有することは、被告主張のとおりである。なお、印刷部印刷課(ヘ)勤務者や発送部計数課(イ)勤務者に対する前記時間外勤務の命令については、証人川村正の証言に照らすとき、当時会社、組合(西労)間に三六協定が締結されていたことの立証がないうえ、仮に新聞発行事業を営む会社の製作部門では時間外勤務が常態化していたとしても、時間外勤務をはじめから恒常的に予定するものである点、時間外勤務を規定した就業規則三五条の解釈、適用にいささか疑問なしとしない。
しかしながら、時間外勤務の命令の点はともかく、前記手待ち時間や勤務割りのように現実の労働条件が、単に使用者の業務命令権の行使の結果にすぎず、個々の雇用契約の内容とまでなつていない場合においても、労働組合は使用者に対し、これが不利益な変更に反対し、ひいてはこれを労働契約の内容とするよう要求し、且つそのため使用者との間に労働協約を締結すべく、団体交渉の開催を要求できることは、いわゆる労働条件の労使対等決定の原理(労基法二条参照)からいつてもとより当然というべきである。本件においても、組合は、前記のごとく、従前の手持ち時間や勤務割り等の労働条件を維持しようとして公明新聞賃刷り受注に反対したのであつて、右のように、雇用契約の内容となつていない労働条件でも団体交渉の対象事項たりうる以上、その条件の変更がもともと会社の業務命令権の範囲に属し、従業員の同意が不要であるか否かは、争議行為の目的の正当性の判断に影響を及ぼすものではない。
(権藤義臣 油田弘佑 吉武克洋)